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燃え尽きても世界は回ってくれている

2025-01-24

久しぶりに本を読みました

読書する習慣が身についていないので、本を読むのも一苦労ですが、考えさせられる本に出会いました。
燃え尽き症候群、いわゆるバーンアウトについて書かれたアメリカの翻訳本です。

本の紹介というより、読んで思ったことを、つらつら書きます。

人間と仕事

現代社会において、人生に占める「仕事」の割合は、大きいように感じます。
著者はアメリカの方ですが、下記のように述べます。

仕事は 「尊厳」、「人格」、「目的」の源だ、という「高貴な嘘」は、アメリカ四〇〇年の歴史のなかで育ってきた (p.141)

「高貴な嘘」であるかはさておき、アメリカでも、「人生における仕事の価値は大きい」と信じる人は多いようです。

国によって仕事の文化はさまざまですが、日本も似ていませんか。仕事を通した自己実現、自己形成は賛美の対象です。

ただし、現代の(労働者の)仕事は、「複雑」で、「多様」で、「自律性」や「経営者目線」を求められます。難しい。決して一筋縄ではいきません。

そしてなかば強制的に、競争というレースに準じて仕事をすることになります。

この中で仕事を通じた自己形成。個人的には、「ムリゲーじゃねえか」と思ったりします。

豊かさの代償

人類の成長を支えているのは、科学の進歩、グローバル化、そのエンジンの役割は、資本主義に根ざした「競争」なのでしょう。

ただし基本的に、人間の意志、体力、根性は有限です。

このレースにフルコミットを続ければ、だれしもいつかは代償を払うときがくる。それがバーンアウトというわけです。

また、行き過ぎた個人主義や自己責任論が、このレースを助長させているようです。

アメリカ人の仕事観にしみついた個人主義... (中略) に根ざしている。アメリカ人にとっては、自分の価値を証明する仕事を見つけ、それを維持することは本人の責任なのだ (p.180)

バーンアウトしてしまう前に、レースをやめることはできます。

ですが、やめてしまうと「誰かや何か」が必ずその隙間を埋めます。だから非常にやめづらい。

享受したもの

ただ私が思うに、資本主義は世界全体を、豊かで自由にしたのは間違いありません。

「食べたいものを食べ、行きたいところへ行き、やりたいことができる」という人は一時代より増えていそうです。

もちろん時間とお金があればという話なのですが、世の中が進歩するにつれ、モノやサービスはどんどん安価になり、コモディティ化します。

例えばフランス革命以前の時代と比べれば、 人類全体としては、経済的に豊かになり、考え方も、生き方もより自由になりました。

私はお金もないただの一般市民ですが、大昔と比べれば、 "好きに生きる資本的、精神的なコスト" は激減しているのだろうと思います。

これからどうあろう

人は老います。個人差がありますが、レースにコミットし続けるのは大変なことです。

勝負したいなら、どんどんレースに出場すれば良いと思います。
それがきつい、大変なら、「折り合い」を考えてみる。

あくまで私の場合ですが、家は狭いので、ルンバがなくても困りません。

ただZOZOTOWNでちょこちょこと洋服は買います。好きなので。

車に前は乗っていましたが、手放しました。チャリンコ移動です。それで事足りる地域なので助かっています。

料理はします。面倒くさくて、前はできませんでしたが、やってくうちにできるようになりました。
自分の好きなものをつくって食べられるのは良いです。

家は雨漏りすることがあります。でもクーラーはちゃんとついてます。

そうやって、しれっーと、コソコソっと、生きています。多くの人は多分そうです。

これで良い人生だと、決めるのは私です。

おわりに

最近、グローバル資本主義に対する疲れや痛みからなのか、いくつかの国ではその反発が起きてるようです。

資本主義に取って代わるものが生まれるか。生成AIは何かを解決してくれるか。イメージできませんし、全くわかりません。

コロナ禍では、自由がきかないこともありました。それでも、いわゆる「普通の生活」はある程度守ってもらえた気がしています。

ZOOM、UberEats、NETFLIXなどのインターネット上の技術はもちろんです。
ですが、そもそもの物流、製造、サービス、とにかく多くの人の「仕事」に支えてもらいました。ありがとうございます。

今、自分が社会や人に、なにかを還元できているかというと、正直疑問です。申し訳ない。もう少し精進します。

ですが、とりあえず生きているので、消費者ではあります。選挙もとりあえずは行ってます。まあこんなもんでしょう。実は内心それで十分だとも思ってます。