久しぶりに本を読みました
読書する習慣が身についていないので、本を読むのも一苦労ですが、考えさせられる本に出会いました。
燃え尽き症候群、いわゆるバーンアウトについて書かれたアメリカの翻訳本です。
本の紹介というより、読んで思ったことを、つらつら書きます。
人間と仕事
現代社会において、人生に占める「仕事」の割合は、大きいように感じます。
著者はアメリカの方ですが、下記のように述べます。
仕事は 「尊厳」、「人格」、「目的」の源だ、という「高貴な嘘」は、アメリカ四〇〇年の歴史のなかで育ってきた (p.141)
「高貴な嘘」であるかはさておき、アメリカでも、「人生における仕事の価値は大きい」と信じる人は多いようです。
国によって仕事の文化はさまざまですが、日本も似ていませんか。仕事を通した自己実現、自己形成は賛美の対象です。
ただし、現代の(労働者の)仕事は、「複雑」で、「多様」で、「自律性」や「経営者目線」を求められます。難しい。決して一筋縄ではいきません。
そしてなかば強制的に、競争というレースに準じて仕事をすることになります。
この中で仕事を通じた自己形成。個人的には、「ムリゲーじゃねえか」と思ったりします。
豊かさの代償
人類の成長を支えているのは、科学の進歩、グローバル化、そのエンジンの役割は、資本主義に根ざした「競争」なのでしょう。
ただし基本的に、人間の意志、体力、根性は有限です。
このレースにフルコミットを続ければ、だれしもいつかは代償を払うときがくる。それがバーンアウトというわけです。
また、行き過ぎた個人主義や自己責任論が、このレースを助長させているようです。
アメリカ人の仕事観にしみついた個人主義... (中略) に根ざしている。アメリカ人にとっては、自分の価値を証明する仕事を見つけ、それを維持することは本人の責任なのだ (p.180)
バーンアウトしてしまう前に、レースをやめることはできます。
ですが、やめてしまうと「誰かや何か」が必ずその隙間を埋めます。だから非常にやめづらい。
享受したもの
ただ私が思うに、資本主義は世界全体を、豊かで自由にしたのは間違いありません。
「食べたいものを食べ、行きたいところへ行き、やりたいことができる」という人は一時代より増えていそうです。
もちろん時間とお金があればという話なのですが、世の中が進歩するにつれ、モノやサービスはどんどん安価になり、コモディティ化します。
例えばフランス革命以前の時代と比べれば、 人類全体としては、経済的に豊かになり、考え方も、生き方もより自由になりました。
私はお金もないただの一般市民ですが、大昔と比べれば、 "好きに生きる資本的、精神的なコスト" は激減しているのだろうと思います。
これからどうあろう
人は老います。個人差がありますが、レースにコミットし続けるのは大変なことです。
勝負したいなら、どんどんレースに出場すれば良いと思います。
それがきつい、大変なら、「折り合い」を考えてみる。
あくまで私の場合ですが、家は狭いので、ルンバがなくても困りません。
ただZOZOTOWNでちょこちょこと洋服は買います。好きなので。
車に前は乗っていましたが、手放しました。チャリンコ移動です。それで事足りる地域なので助かっています。
料理はします。面倒くさくて、前はできませんでしたが、やってくうちにできるようになりました。
自分の好きなものをつくって食べられるのは良いです。
家は雨漏りすることがあります。でもクーラーはちゃんとついてます。
そうやって、しれっーと、コソコソっと、生きています。多くの人は多分そうです。
これで良い人生だと、決めるのは私です。
おわりに
最近、グローバル資本主義に対する疲れや痛みからなのか、いくつかの国ではその反発が起きてるようです。
資本主義に取って代わるものが生まれるか。生成AIは何かを解決してくれるか。イメージできませんし、全くわかりません。
コロナ禍では、自由がきかないこともありました。それでも、いわゆる「普通の生活」はある程度守ってもらえた気がしています。
ZOOM、UberEats、NETFLIXなどのインターネット上の技術はもちろんです。
ですが、そもそもの物流、製造、サービス、とにかく多くの人の「仕事」に支えてもらいました。ありがとうございます。
今、自分が社会や人に、なにかを還元できているかというと、正直疑問です。申し訳ない。もう少し精進します。
ですが、とりあえず生きているので、消費者ではあります。選挙もとりあえずは行ってます。まあこんなもんでしょう。実は内心それで十分だとも思ってます。